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学歴は大切なのか。学歴フィルターから考えること

 

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「学歴は本当に大切なのか。」

そう考え始めたのは就職活動を終えたころ。大手の会社は学歴フィルターを使ってるらしい、と聞いたときから学歴について考えるようになっていました。

 

上にも書いたように私は学歴について深く考えたこともなかったのですが、親は他人の目も気にするタイプだったので、MARCH、関西でいえば関関同立でしょうか?(一個人の勝手な意見でスミマセン)そのレベルに入れたかった様子。親の協力もあり、気づけばその道を辿っていました。内部進学ってやつ。

 

大学受験もしなかったので、AOや一般や推薦だの、何も知らないまま就活の時期へ突入しました。今考えても無知すぎてお恥ずかしい。私は高校生の頃から勉強をさぼりがちだったこと、極度のめんどくさがりエントリーシートとかめんどくさすぎてネット応募がほとんど)といった性格から、かなり適当にエントリーしてはESで落ち、テストセンターの結果で祈られ、それはそれは極まりない就職活動でした。そんな時耳にしたのが学歴フィルター。主に志願者が多い大企業で、書類選考等の段階で在学大学を選び、学歴によって採用かどうかを振り分けるというものを指します。

 

最終的に私が選んだ会社では、書類選考の段階での学歴フィルターはなかったようです。が、入社した人たちを見るとみんなMARCH・関関同立より上の大学とみなされる人たち。最終面接で顔を合わせた人たちも、最後の最後で学歴で判断されたようにしか見えませんでした。学歴フィルターを使っていることを隠そうとしたのでしょうか。なんといやらしい。生まれて初めて社会の闇を見た気がしました。

結局私は予想通り、この会社との相性が悪く2年半で辞めちゃったんですけどね。

 

 人生の枠で考えたことある?

私は社内恋愛の末社内結婚をしました(辞めたくせに)。旦那さんは年上で、普段はニコニコのほほんとしているけれど、かなり頭の回転がはやくて記憶力がすごい。ただ、学歴フィルターというものがあまりメジャーでなかった・もしくはその会社が採用していなかった時代に入社していたようで、あまり名前が通っていない大学を卒業していました。はたまた彼の弟さんは名門大学と呼ばれる大学を卒業し、幼いころから夢に見ていた職業に就いています。私の卒業した大学もペロッと合格する余裕っぷり。すげーなー。

 

旦那さんの実家に里帰りしたある日、話の流れでお義母さんがぽろっと「大学なんてどこでもいいのよ~元気でいればそれでいいんだから」とつぶやきました。

 

え、なにその仏のような発言。 と思ったなんて言いませんでしたけど

 

考えさせられる言葉でした。たしかに旦那さん一家はいつも幸せそうで、ご両親に関しては(おやじギャグがすごいけど)とても尊敬できる人間味あふれる人。元気でいて、家族が幸せであればそれでいいなんて。私の家では生まれてこの方耳にしたこともない言葉だったので、新境地にでもたったような気分でした。

 

 

 

「自分がどうなりたいのか」を考える

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話が逸脱し続けましたが、旦那さん一家から学んだ事は2つ。

  1. 自分が将来なりたい姿に頭脳が必要であれば、学歴が必要
  2. 未来が見えないのであれば、自分の好きなものを極めろ

 

 

確かに、学歴は自分の頭脳がどれくらいだと示しているといえば其れに過ぎません。良いに越したことはないかもしれません。でも、闇雲にいい会社に入る為に勉強をするのであれば考え直したほうがいい。私も傍から見れば大企業に入った安定した人に見えるかもしれませんが、何も考えずに大企業に入ったって、ゆくゆくは自分が「なんのために働いてるのか→お金の為→何してるんやろう」という無限ループの中に投げ込まれます。与えられた環境の中でやりがいを見いだせる人なら素晴らしいと思いますが、私の周りにはそんな人は稀。通勤ラッシュのスーツマンたちの目を見たらわかるのではないでしょうか。「置かれたところで咲きなさい」という本がかなり売れていましたが、私はずっとそんな心を持てる模範的な人間にはなれなかった。私からしたらスーパーマンですよ。置かれたところで咲ける方々を、本当に心から尊敬しています。

 

話は戻りますが、旦那の弟さんの場合は人の命に関わる仕事なので頭脳が必要だっただけで、彼は自分のなりたい姿の為に勉強をして、学歴を手に入れていました。就職だけにとらわれず、人生という長い目で見たときに何が一番大切なのか。社会に選んでもらうのではなく自分で選んでいくには何が必要なのかを深く考えさせられました。

 

それと同時に勉強の脳がない私は、仕事を辞める前になって初めて「好きなものを極めた人は強い」と感じています。好きこそものの上手なれって言いますよね?アクセサリーが好きな友人はアクセサリー販売を始め、人を癒したいと思っている友人はエステティシャンに。その他もろもろ。どんな大企業に就職しても、そこに自分のやりたい事や目標がなければ幸せはありませんでした。仕事に関する幸せはね。社会に出ればどの道を通っても壁は待っているものです。

 

私が今思うのは、(高校大学計7年間遊びほうけてたので)何か一つでも極めればよかった、という事。私の場合は英語とプログラミングをしていればよかったなーと思う。やたらめったら資格を取ったりしても、意味ないですよ。就職の為と思って取っていた漢検英検FP、今ではそんなことよりサイト一つでも作れば世界が違って見えたと思うし、英語が話せるようになってたら人生3倍くらい楽しみが増えて、挑戦したい仕事の幅も広がるなーーと思います。今からでも、片手間でもいいから、自分といえばこれ!という売りのようなものをつくることをお勧めします。なんだかんだで人間の心が動くのは興味関心のある物事ですよ。 しょーもないことでもいいから、関心のある分野を極めましょう。ゆくゆくお金になるかもよ(やらしい)

 

 

まとめ

最近は就職活動においても親が口出しするというニュースを見ました。「親が反対しているので辞退します」ってなんかおかしくないですか?心配な気持ちはわかるけど、親はアドバイス程度にしなければ、子はいつまでも自分で考える脳を持つことができません。社会に出てから困るのは子ですよ。

そして受験を唆す親御さん。今もカフェでお受験の話をしている親御さんがいらっしゃいますが、子供の個性を尊重してあげてください。子のお受験はあなたたちの為にあるのではない

そして学生や就活生、良い企業に就職することが幸福につながるわけでも、自慢できるわけでもない。学歴がないといわれる人でも立派な人はたくさんいる。肩書に左右されず、人と比べず自分が幸せになれる道を勇気をもって進めばいい。

 

でも何だかんだ元気が一番。以上!!